ルサンチマンの克服、ニーチェ本人の答えは「許す」より先に「反応しない」だった。原文3か所とデータで確かめた

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結論から書きます。

ルサンチマンをどう克服するか。ニーチェ本人の答えを原文で探すと、「相手を許せ」ではありませんでした。弱っている時は「もう反応しない」。元気な時は、恨みを「自分より下のもの」として相手にしない。そして「忘れる力」を、心の健康のしるしと見ていました。

ニーチェはルサンチマン(恨み・やっかみが心の中で煮詰まった状態)を、いちばん鋭く批判した哲学者として知られています。でも晩年の自伝では、長い病気の時期に、ルサンチマンを内側から経験したと書いています。

この記事では、ニーチェのドイツ語原文を3か所読み、その答えを今の心理学のデータ3つと突き合わせます。

そもそもルサンチマンとは:原文では「ノー」から始まる心

一言でいうと、ルサンチマンとは「自分ではやり返せない(仕返しできない)相手への恨みを、心の中で何度も煮返す状態」です。フランス語の言葉ですが、ニーチェはドイツ語の文章の中でこのまま使いました。

出てくるのは『道徳の系譜』(1887年)の第1論文10節です。1887年の初版の23ページで、ニーチェはこう書いています。

道徳における奴隷の反乱は、ルサンチマンそのものが創造的になり、価値を生み出すときに始まる。それは、本当の反応である行動を禁じられ、想像の中の復讐でしか埋め合わせできない者たちのルサンチマンである。(『道徳の系譜』第1論文10節より訳)

ここで大事なのは、ニーチェが「恨むこと」自体より、恨みを出発点に「善い・悪い」を決めてしまうことを問題にしている点です。

ニーチェによれば、彼が「高貴な人」と呼ぶ人の価値観は「自分はこれが好きだ」という「イエス」から始まります。一方ルサンチマンから生まれた価値観は、まず「あいつらは間違っている」という「ノー」から始まります。だから「その行動は、根本から反応(リアクション)だ」と書いています。

日本語では「ルサンチマン=嫉妬・逆恨み」と短く説明されることが多いです。それも間違いではありません。ただ原文のニーチェは、感情そのものより、感情が物の見方や「正しさ」まで作り替えてしまう仕組みを見ていました。

原文1:ルサンチマンの人は「忘れない」

結論は、ニーチェが描くルサンチマンの人の特徴の一つが、「忘れないこと」です。

同じ10節の24ページで、ニーチェはルサンチマンの人をこう描いています。

ルサンチマンの人間は、率直でもなく、素朴でもなく、自分自身に正直でもない。(中略)黙っていること、忘れないこと、待つことを心得ている。(同、24ページより訳)

そしてすぐ後の25ページで、反対の例としてフランス革命期の政治家ミラボーを挙げます。ミラボーは、自分が受けた侮辱や卑劣な仕打ちを覚えていられない人でした。ニーチェは、彼は「許すことができなかった。なぜなら忘れてしまったからだ」と書いています。

許す前に、もう覚えていない。ニーチェは、本当の「敵を愛すること」がもし地上でありうるとすれば、そういう人の中にだけだ、と続けます。

原文2:忘れる力は「心の門番」

結論は、ニーチェにとって「忘れる」は弱さではなく、心の健康を保つための能力だということです。

『道徳の系譜』第2論文1節(初版40ページ)には、こう書かれています。

  • 忘れることは、ただの怠けではない。積極的に働く「抑える力」である。
  • それは、意識の扉や窓をしばらく閉めて、新しいことのための場所を空ける「門番」のようなものだ。
  • 忘れる力がなければ、幸福も、明るさも、希望も、誇りも、「今」もありえない。
  • この力が壊れた人は、消化不良の人に似ている。何ひとつ「片づける」ことができない。

ここでの「忘れる」は、記憶喪失のことではありません。体験したことを、意識の表に出しっぱなしにせず「消化」すること、と読むのが近いと思います。ニーチェ自身、食べ物の消化にたとえて説明しています。

原文3:ニーチェ本人の処方箋は「反応しない」

結論は、体も心も弱っていた時期のニーチェは、ルサンチマンへの唯一の薬を「もう反応しないこと」だと書いたということです。

出てくるのは、晩年の自伝『この人を見よ』(1888年執筆)の「なぜ私はこんなに賢いのか」6節です。ニーチェは長い病気を抱えていました。その経験から書いた内容を、要約して並べます。

  • 病気の時は、何からも離れられず、何も片づけられず、何も押し返せない。すべてが傷になる。
  • 思い出は、膿んだ傷になる。病気であること自体が、一種のルサンチマンだ。
  • それに対する大きな薬は一つだけ。「ロシア的宿命論」、つまり反抗しない宿命論だ。行軍がつらすぎると、雪の中に横になってしまうロシアの兵士のように。
  • もう何も受け取らない、抱え込まない。そもそも、もう反応しない。

理由も書いています。怒り、傷つきやすさ、仕返しできない無力感、仕返しへの渇き。こうした感情ほど、疲れた人の力を早く燃やし尽くすものはない、というのです。

ニーチェはここでブッダの言葉も引いています。「敵意によって敵意は終わらない。友情によって敵意は終わる」。そして、ルサンチマンは弱さから生まれ、ほかの誰よりも弱っている本人を傷つける、と書きました。

ニーチェは、復讐の感情を自分に禁じていたとも書いています。弱っていた時期は「有害だから」、元気が戻ってからは「自分より下のものだから」。弱っている時は反応しないで身を守り、元気な時は相手にしない。状態によって理由と処方を変えているのが、この節の面白いところです。

データで確かめた:「思い返す」ほど許せなくなる

ここからは、今の心理学のデータと突き合わせます。結論は、ニーチェの「忘れない人ほど恨みが続く」という見立てと、同じ方向を示すデータがあります。研究が測ったのは「忘れたかどうか」ではなく「思い返した回数」なので、そっくり同じ話ではありません。

データ1:思い返した日ほど、許せなくなる

アメリカの心理学者マッカローらは2007年、人から傷つけられた経験を持つ人たちを一定期間追いかける研究を3つ行いました。分かったのは、次のことです。

  • 同じ人の中で、その出来事を思い返す(反すうする)ことが増えた時期ほど、相手を許す気持ちが下がっていた。
  • この関係は、相手への「怒り」を介しているように見えた(恐れではなかった)。
  • 3つ目の研究では、思い返しが増えるのが先で、許す気持ちが下がるのが後、という順番のほうがよく当てはまった。

「忘れない」ことが「許せない」につながるという、ミラボーの話の裏返しのような結果です。

データ2:怒りは、考え続けると長引き、気をそらすと弱まる

1998年にラスティングとノーレン=ホークセマが行った一連の実験では、怒りの原因について考え続けるよう指示すると、実験によっては怒りが強まりました。一方、別のことに気をそらすよう指示すると、怒りは弱まるか、少なくとも強まりませんでした。

気をそらすことは、出来事を思い返し続けないことです。その点で、ニーチェの「反応しない」「門番が扉を閉める」に近い結果です。

データ3:「許す練習」にも効果はある

一方で、ニーチェが冷たく見ていた「許すこと」も、データでは役に立っています。2014年にウェイドらが、許しを促すカウンセリングの54の研究報告をまとめました(治療直後の分析で合計2,323人)。何もしない場合と比べて、はっきり許しが進みました(効果量0.56)。うつ・不安・希望の改善も、何もしない場合より大きくなっていました。また、取り組んだ時間が長いほど効果が大きくなっていました。

ニーチェの答えとデータの答えは、ここで少しずれます。ニーチェは「忘れる」を、データは「許す練習」も勧めます。ただ、どちらも「思い返し続けない」という点では同じ方向です。

注意:「忘れよう」と頑張ると、かえって浮かぶことがある

「忘れればいいのか」と思って無理に考えないようにすると、逆効果になる場合があります。

1987年のウェグナーらの実験では、「白いクマのことを考えないで」と指示された人は、完全には止められず、何度も白いクマが浮かびました。しかもその後、考えてよいと言われると、最初から考えていた人より多く白いクマを思い浮かべました。ただし、この「跳ね返り」は小さく、条件や測り方によっては出ないという指摘もあります。

ニーチェの言う忘却も、歯を食いしばって押さえつけることではありませんでした。消化するように、自然に意識の外へ出ていくことです。「考えないように頑張る」より、「別のことに手を動かす」「その話題から距離を置く」ほうが、原文にもデータにも近いと思います。

私の考え:ルサンチマンを感じる自分を責めなくていい

ニーチェというと「ルサンチマンは弱者の道徳だ」という強い言葉ばかりが広まっています。それだけ読むと、恨みを感じた時点で自分が負けたように思えてしまいます。

でも『この人を見よ』のニーチェは、ルサンチマンを病人にとって「禁じられたもの」と呼ぶ一方で、「残念ながら、いちばん自然な傾向でもある」と書いています。本人も、病気の時にそれと戦っていました。恨みを感じること自体は、弱っているというサインにすぎません。

だから順番はこうでいいと思います。弱っている時は、まず反応しない。言い返さない、調べに行かない、思い出しても深追いしない。元気が戻ってきたら、少しずつ忘れていく。それでも残るものがあれば、そこで初めて「許す」を練習してみる。

克服とは、恨みに勝つことではなく、恨みに自分の時間を明け渡さなくなること。原文とデータを並べて、私はそう読みました。

まとめ

  • ルサンチマンは、やり返せない相手への恨みが心の中で煮詰まり、「正しさ」まで作り替えてしまう状態です(『道徳の系譜』第1論文10節)。
  • ニーチェはルサンチマンの人の特徴の一つを「忘れないこと」とし、侮辱を忘れてしまうミラボーを反対の例に挙げました。
  • 忘れる力は、心の扉を閉めて新しいことの場所を空ける「門番」だと書いています(第2論文1節)。
  • 病気の時期のニーチェ本人の処方は「もう反応しない」でした。復讐の感情は、弱っていた時は「有害だから」、元気な時は「自分より下だから」自分に禁じました(『この人を見よ』)。
  • データでは、思い返す時期ほど許せなくなり、気をそらすと怒りは強まりにくくなります。許す練習にも効果があります。

この連載では、アドラー・フロイト・ニーチェの言葉を、原文とデータで一つずつ確かめています。前回は「ニーチェの名言」9つを原文で確かめました。

ではまた。

この記事で確かめた本

この記事は、ニーチェのドイツ語原文で確かめました。日本語で読むなら、次の本があります。

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参考にした資料

  • Friedrich Nietzsche, Zur Genealogie der Moral, Leipzig: C. G. Naumann, 1887(初版。Austria-Forum Web-Books所蔵のスキャン)。第1論文10節(23〜25ページ)、第2論文1節(40ページ)
  • Friedrich Nietzsche, Ecce homo(1888年執筆、1908年刊)、「Warum ich so weise bin」6節(Project Gutenberg, eBook #7202)
  • McCullough, M. E., Bono, G., & Root, L. M. (2007). Rumination, emotion, and forgiveness: Three longitudinal studies. Journal of Personality and Social Psychology, 92(3), 490–505.
  • Rusting, C. L., & Nolen-Hoeksema, S. (1998). Regulating responses to anger: Effects of rumination and distraction on angry mood. Journal of Personality and Social Psychology, 74(3), 790–803.
  • Wade, N. G., Hoyt, W. T., Kidwell, J. E. M., & Worthington, E. L., Jr. (2014). Efficacy of psychotherapeutic interventions to promote forgiveness: A meta-analysis. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 82(1), 154–170.
  • Wegner, D. M., Schneider, D. J., Carter, S. R., & White, T. L. (1987). Paradoxical effects of thought suppression. Journal of Personality and Social Psychology, 53(1), 5–13.

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