結論から書きます。
三井住友信託銀行が、勤続年数で退職金と企業年金が増える仕組みを、2026年度中にやめると報じられました。長く勤めただけでは、もう増えません。
ただ、国の税金のほうは、今も「年功」のままです。退職金にかかる税金を減らす「退職所得控除」は、勤続20年までは1年40万円、20年を超えると1年70万円に増えます。
同じ1,500万円の退職金でも、30年勤めた1社からもらえば税金は0円です。15年ずつ2社からもらうと、合わせて約22万円かかります。今の税制での試算です。
この記事では、厚生労働省と国税庁の公表資料を使って、次の3つを確かめられるようにしました。
- 退職金の相場は、勤続年数でいくら変わるか(勤続20年と35年で約2倍)
- 税金は、勤続年数でいくら変わるか(控除の単価は20年を境に1.75倍)
- 自分の会社の退職金は、何で決まっているか(調べる場所は3つ)
なお、私は三井住友信託銀行の社員ではありません。社内の制度を直接見たわけでもないので、報道で公開されている範囲だけを書きます。体験談はありません。数字だけの話です。
何が起きたのか:勤続年数の分を、退職金から外す
日本経済新聞は2026年10月27日、「三井住友信託銀行、退職金・年金の年功廃止 長く勤めても増額なし」と報じました。記事本文は有料です。ここでは、見出しと公開されている要旨、ほかの媒体の紹介記事で確認できた点だけをまとめます。
- 時期:2026年度中に、勤続年数に応じて増える仕組みをなくす
- 決め方:退職一時金と確定給付企業年金(DB)は「能力と役職」、確定拠出年金(DC)は「能力」を反映する
- 対象:嘱託を除く正社員、約1万人
- 増減:昇進しないと従来より減る。一方で、2割以上増える人もいる
- 狙い:年功にとらわれない処遇にして、中途採用を中心に人材を確保する
言葉を少し補足します。DBは、会社が将来もらえる額を約束する企業年金です。DCは、会社が毎月お金を出し、社員が自分で運用する企業年金です。
見直し前は「能力・役職・勤続年数」の3つで決めていたと報じられています。そこから勤続年数を外す、という変更です。
注意したいのは、退職金や企業年金そのものがなくなるわけではない点です。「長く勤めた分の上乗せ」がなくなる話です。
一方で、次の点は公開情報では確認できませんでした。
- すでに積み上がった分を、どう引き継ぐか(移行のルール)
- 昇進しない人が、具体的に何%減るか
- 三井住友信託銀行の公式発表の文面
このため、社員の方が個別にいくら変わるかは、この記事では分かりません。分かるのは、「勤続年数で増える仕組み」が日本の退職金でどれだけ大きいか、という全体像です。
退職金の相場:勤続35年は、勤続20年の約2倍
結論から言うと、大卒で定年退職した人の退職金は、勤続20〜24年なら平均1,021万円です。勤続35年以上なら平均2,037万円です。15年ほどの差で、ほぼ2倍になります。
出典は、厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」です。退職給付を調べる回は5年に1度で、2023年(令和5年)の調査が今の最新です。数字は、2022年の1年間に、勤続20年以上かつ45歳以上で定年退職した人の平均です。一時金と年金(年金は一括でもらったとした金額)を足しています。
| 勤続年数 | 大卒(管理・事務・技術職) | 高卒(管理・事務・技術職) | 高卒(現業職) |
|---|---|---|---|
| 20〜24年 | 1,021万円 | 557万円 | 406万円 |
| 25〜29年 | 1,559万円 | 618万円 | 555万円 |
| 30〜34年 | 1,891万円 | 1,094万円 | 800万円 |
| 35年以上 | 2,037万円 | 1,909万円 | 1,471万円 |
高卒(管理・事務・技術職)では、勤続20〜24年の557万円が、35年以上で1,909万円になります。約3.4倍です。勤続年数で増える仕組みは、退職金の金額を大きく左右していることが分かります。
大卒の列を見ると、一番大きく増えるのは「20〜24年」から「25〜29年」の間です。この5年で538万円増えています。その先の増え方は、332万円、146万円と小さくなります。
ただし、この表は同じ人を追いかけた数字ではありません。勤続年数ごとに、別の人の平均を並べたものです。勤続が長い人ほど役職が上がりやすいので、表の差には「役職の差」も混ざっています。
もう1つ、辞め方による差もあります。同じ調査で、勤続20年以上・45歳以上の大卒の平均を見ます。定年退職なら1,896万円、自己都合の退職なら1,441万円でした。455万円の差です。
税金も年功:控除は勤続20年を境に1年40万円→70万円
結論は、退職金の税金は、同じ会社に長くいるほど軽くなる作りだということです。
国税庁によると、退職金から差し引ける「退職所得控除」は、次の式で決まります(令和8年4月1日現在の法令)。
- 勤続20年以下:40万円×勤続年数(80万円に満たない場合は80万円)
- 勤続20年超:800万円+70万円×(勤続年数−20年)
勤続年数に1年未満の端数があれば、1年に切り上げます。退職金から控除を引き、残った額の半分に税金がかかります。控除の範囲に収まれば、税金は0円です。
控除の額を勤続年数ごとに並べると、こうなります。
| 勤続年数 | 退職所得控除 |
|---|---|
| 10年 | 400万円 |
| 15年 | 600万円 |
| 20年 | 800万円 |
| 25年 | 1,150万円 |
| 30年 | 1,500万円 |
| 35年 | 1,850万円 |
| 38年 | 2,060万円 |
22歳で入社して60歳で定年なら、勤続38年です。控除は2,060万円になります。先ほどの大卒の相場(35年以上で2,037万円)を一時金で全額受け取った場合、ほぼ全額が非課税に収まる計算です。
同じ1,500万円でも、15年×2社は約22万円多く払う
結論は、退職金の総額が同じでも、勤め先を分けると税金が増えます。今の制度での試算です。
比べたのは、次の2人です。どちらも、退職金を合計1,500万円もらうとします。
- Aさん:1社に30年勤めて、1,500万円を1回でもらう
- Bさん:15年ずつ2社に勤めて、750万円を2回もらう
| 項目 | Aさん(30年×1社) | Bさん(15年×2社、1社分) |
|---|---|---|
| 退職金 | 1,500万円 | 750万円 |
| 退職所得控除 | 1,500万円 | 600万円 |
| 税金がかかる額(残りの半分) | 0円 | 75万円 |
| 所得税(復興特別所得税を含む) | 0円 | 約3万8,200円 |
| 住民税(10%) | 0円 | 7万5,000円 |
| 税金の合計 | 0円 | 約11万3,200円 |
Bさんは2回もらうので、税金は合わせて約22万6,400円です。Aさんは0円です。
所得税は、税金がかかる額75万円に5%をかけ、復興特別所得税(2.1%)を足して計算しました。住民税は、退職金の場合は一律10%です。
実際には、もっと差が開く可能性があります。先ほどの表のとおり、退職金は勤続年数が長いほど大きく、自己都合の退職は定年より少なめだからです。この試算は「総額が同じ」という、転職する側に有利な条件で比べています。
つまり、三井住友信託銀行のように会社が年功の上乗せをやめても、税金の年功は残ります。会社の制度と国の制度が、別々に動いている状態です。
前史:国は2023年から見直しを掲げ、3年続けて見送った
結論は、「勤続20年で控除が増える」仕組みは、政府が見直すと言い続けて、まだ変わっていません。
流れを並べると、こうなります。
- 2022年12月(本格的な議題になる前):与党の税制改正大綱では、退職所得課税の改正は見送り(政府税制調査会では議論されていた)
- 2023年6月16日:「骨太の方針2023」と「新しい資本主義」の実行計画に、退職所得課税の見直しが入る。
実行計画には「勤続20年を境に、勤続1年当たりの控除額が40万円から70万円に増額されるところ、これが労働移動の円滑化を阻害しているとの指摘がある」と書かれた - 2025年11月14日:日本経済新聞が「退職金課税改正を3年連続で見送り」と報道。2026年度の改正でも実施しない方針で、働く人の税負担が増える懸念に配慮した、という内容
- 2026年1月:別の小さな改正は始まった。iDeCoなどDCの一時金と、会社の退職金を近い時期に受け取る場合の調整期間が、前年以前4年から9年に延びた
2026年1月の改正は、会社の退職金を先にもらい、後からDCの一時金をもらう順番の人に関係します。勤続期間が重なる分の控除を、二重に使いにくくする見直しです。「勤続20年超で70万円」という単価そのものは、変わっていません。
次に見直しが議論される節目は、例年12月に出る与党の税制改正大綱です。控除の単価を一律にすると、長く勤めた人には増税になります。見送りが続いている理由は、ここにあります。
他社の動き:退職金を「毎月の給料」に回す会社も出ている
結論は、勤続年数で積み上がる退職金を見直す動きは、三井住友信託銀行だけではありません。
共同通信の配信記事(2026年5月5日)が、王子ホールディングスの例を伝えています。2026年4月以降に入社した新卒・中途の社員について、退職一時金をなくしました。その分は、毎月の給料に上乗せするか、会社が出す年金の掛け金を増やすかを選べます。
同じ記事では、王子ホールディングスの以前の制度は、勤続15年ほどで退職金が大きく増える仕組みでした。中途採用の比率が5割に達し、その恩恵を受けにくい社員が増えていた、と伝えています。
このほか、言論サイト「アゴラ」の記事は、日経の報道として丸紅の例を紹介しています。退職給付の一部を、賞与にあわせて前払いする仕組みを入れたそうです。こちらは日経の原文を確認できていないので、紹介にとどめます。
厚生労働省の同じ調査では、退職給付の制度がある企業は74.9%でした。2018年の調査では80.5%だったので、5年で5.6ポイント減っています。
自分の会社の退職金を確かめる3つの場所
結論は、就業規則の退職金の規程、企業年金の種類、DCのマイページの3つを見れば、自分の退職金が何で決まるかが分かります。
1. 就業規則の「退職金規程」
退職金の制度がある会社は、支給の条件や計算の方法を就業規則に書く決まりです(労働基準法89条)。会社には、就業規則を社員に周知する義務もあります(同106条)。社内のポータルや人事部で見られるはずです。
見るポイントは、計算式に何が入っているかです。
- 「基本給×勤続年数に応じた係数」なら、勤続年数で増える型
- 「毎年のポイントの合計×単価」なら、ポイント制。ポイントが役職や等級で決まるなら、役職で増える型
- 「自己都合なら○%」という減額の定めがあるか
2. 企業年金の種類(DBか、DCか)
DBなら、将来の額は会社の規約で決まります。DCなら、会社が出す掛け金と、自分の運用成績で決まります。DCは転職先に持ち運べることが多い制度です。
3. 企業型DCのマイページ
企業型DCに入っている人は、運営管理機関(金融機関など)のWebサイトで、今の残高と毎月の掛け金を確かめられます。ログイン情報は、入社時の書類や人事部の案内にあるはずです。
この3つが分かれば、「何年勤めると、いくら増えるのか」がはっきりします。転職を考えている人は、今辞めた場合の金額と、あと数年いた場合の金額を比べておくと、判断を間違えにくくなります。
私の考え:会社が年功をやめても、税金が年功なら片方しか変わらない
私は、今回の三井住友信託銀行の見直しは、合理的な方向だと思います。中途で入った人が、勤続年数だけで不利になる理由は薄いからです。
ただ、税金のほうが勤続20年超を1.75倍優遇したままでは、転職する人の不利は残ります。上の試算のとおり、同じ1,500万円でも22万円ほどの差がつきます。
見直しは3年続けて見送られ、長く勤めてきた人にとっては、急に変わると困る話でもあります。なので、今すぐ動くべきことは1つだけです。自分の退職金の計算式を、一度読んでおくこと。制度が変わる前に今の自分の位置を知っておけば、変わった時に落ち着いて比べられます。
まとめ
- 三井住友信託銀行は、2026年度中に、勤続年数で退職金・企業年金が増える仕組みをなくすと報じられた。対象は正社員約1万人で、昇進しないと減り、2割以上増える人もいる。
- 厚生労働省の調査では、大卒の定年退職者の退職金は、勤続20〜24年で平均1,021万円、35年以上で平均2,037万円。約2倍の差がある。
- 退職所得控除は、勤続20年までは1年40万円、20年を超えると1年70万円。
- 同じ1,500万円でも、30年×1社なら税金0円、15年×2社なら合計約22万6,400円(試算)。
- 政府は2023年に見直しを掲げたが、2026年度の改正でも見送られ、3年連続の見送りと報じられた。
- 自分の退職金は、就業規則の退職金規程、DB・DCの別、DCのマイページで確かめられる。
新しい発表があれば、この記事に追記します。
ではまた。
参考にした資料
- 日本経済新聞「三井住友信託銀行、退職金・年金の年功廃止 長く勤めても増額なし」(2026年10月27日、有料記事。見出しと要旨のみ参照)
- 日本経済新聞 電子版の公式X投稿(同記事の紹介)
- アゴラ「さらば年功序列:三井住友信託銀行は退職金・年金の年功廃止」
- 厚生労働省「令和5年就労条件総合調査の概況」退職給付(一時金・年金)の支給実態(PDF)
- 国税庁 タックスアンサー No.1420「退職金を受け取ったとき(退職所得)」
- 山田&パートナーズ「令和7年度税制改正 退職所得控除の調整規定等の見直し」
- 第一生命経済研究所 谷内陽一氏のレポート(退職所得課税の見直し、2023年7月20日)
- 日本経済新聞「退職金課税改正を3年連続で見送り 政府・与党、労働市場改革に遅れ」(2025年11月14日、見出しと要旨のみ参照)
- 熊本日日新聞(共同通信配信)「王子HDが退職金を給与上乗せに 一時金給付廃止でやる気向上」(2026年5月5日)