お小遣い稼ぎアプリってことで、今日はちょっと意地悪な計算をしてみようと思う。あのアプリ、結局時給いくらなんだろうって、ちゃんと数字で見たことある人、意外と少ないんじゃないだろうか。
ポイントサイトとかタップ系アプリって、SNSで「スキマ時間で稼げる」って煽られがちだけど、その「稼げる」の内訳、私はずっと気になってた。ってことで一度、真面目に時給換算の話から始めてみる。
時給換算すると身も蓋もない数字が出てくる
広告動画を見て1円、アンケートに答えて数円、歩数を稼いで数ポイント。これを積み上げていくと、1時間フルで張り付いても数百円にしかならないケースがほとんどだ。最低賃金と比べたら、話にならないレベル。ここだけ切り取ると「時間の無駄」という結論に一直線で行き着く。
実際、副業系のメディアが「お小遣いアプリの実質時給」を検証する企画をよくやってるけど、大体どれも似たような結論に落ち着く。労働の対価として見るなら、圧倒的にコスパが悪い。ここは否定しようがない事実だと思う。
だから「これで生活費を稼ぐぞ」みたいなテンションで取り組むと、まず精神的に持たない。時給換算の罠にハマって、やった時間だけ損した気分になる人も出てくるはずだ。
でも「時給」で測ること自体がズレてる場面もある
ここで一旦立ち止まりたいんだけど、そもそも私たちがアプリを開いてる時間って、本当に「労働時間」なんだろうか。電車の中でぼーっとスマホを触ってる時間、寝る前に意味もなくSNSを徘徊してる時間、それって元々ゼロ円の時間だったはず。
その「元々ゼロ円だった時間」の一部を、ポイントサイトのタップに変えただけなら、時給換算という発想自体が土台からズレてる気がする。時給500円のバイトを休憩中にやってるわけじゃなくて、暇な時間の一部を等価交換してるだけだから。
これは節約の文脈でよく言われる「浮いたお金は労働の対価じゃない」って話と構造が似てる。節約もお小遣いアプリも、労働生産性の指標で測ると惨めに見えるけど、そもじゃなくて「暇の使い道の選択肢が一個増えた」くらいの温度で見ると、案外悪くない。
私は「暇給」で見る派だと思っている
ここまで書いてきて、自分の立場はもう固まってる。お小遣いアプリは労働として見れば時間の無駄、暇の消費先として見れば悪くない選択肢だと思う。時給換算で殴るのも、稼げる稼げると煽るのも、両方ちょっとズレた見方だと感じる。
ただし、これは「暇な時間を使う」前提が崩れたら成立しない話でもある。仕事の合間を削ってまでタップし続けたり、睡眠時間を削って歩数を稼いだりするなら、それはもう暇の消費じゃなくて自分の資産である時間の切り売りになる。そこの境界線を意識できるかどうかで、同じアプリでも「無駄」か「悪くない」かが変わってくる。
正直に言うと、私はポイ活初心者だった頃、「無料でお金がもらえる仕組みなんて、どこかに裏があるに違いない」と結構本気で疑っていた時期がある。実際は単純に、企業側の広告費や集客コストの一部がユーザーに還元されてるだけの、ごく普通のマーケティング構造だった。怪しさを警戒するあまり、仕組みを理解する手前で止まってたのは、今思えば単なる勉強不足だったなと思う。
結局は「何と比較するか」で答えが変わる話
お小遣いアプリを「本業の代わりになるか」で比較したら、答えは間違いなくノーだ。でも「何もせずスマホをスクロールしてる時間」と比較したら、ちょっとだけプラスになる場合もある。比較対象を変えるだけで、同じ行動の評価がひっくり返るってところが、この話の一番面白い部分だと思う。
投資でよく言われる「時間対効果」の考え方をそのまま持ち込むと、お小遣いアプリは真っ先に切られる対象になる。それはそれで正しい判断だし、資産形成の本筋を考えるなら、そっちに時間を使った方が明らかに合理的だとは思う。ただ、人間は常に合理性だけで動いてるわけじゃないし、暇な時間を全部「有効活用」の対象にしなくても、別に困らない。
そのバランスをどこに置くかは、結局本人の生活リズムとメンタルの余裕次第なんだと思う。数字だけで語れない部分が残るのは、こういうテーマにはよくあることだ。
ということで、今日は珍しく両方の顔を認めた上で、自分なりの落としどころを出してみた記事でした。まだ完全に割り切れてない部分もあるけど、それはそれで正直に書いておく。ではまた。