アドラーは「褒めるな」と書いていない。代表作で"praise"は5回だけ、うち1回はアドラー自身の「最高の褒め言葉」

結論から書きます。

アドラーの代表作『人生の意味の心理学』(What Life Should Mean to You、1933年ロンドン版)に、「褒めてはいけない」という一文はありません。英語の原文で「praise(褒める)」が出てくるのは5回だけです。しかもそのうち1回は、アドラー自身が「人に与えられる最高の褒め言葉」という意味で使っています。

原文でアドラーが警戒しているのは、褒めることそのものではありません。褒め言葉がないと動けなくなる状態です。そして、くり返し書いているのは「勇気づける(encourage)」ことです。

「アドラー式で褒めない子育てをしようとしたけど、無理だった」という人は、自分を責めなくて大丈夫です。原文を読む限り、褒めた時点で失敗、という話ではないからです。原文とその後の研究データを、順番に確かめます。

「褒めない子育て」は、どこから広まったのか

一言でいうと、日本で広く知られるきっかけになったのは、『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健、2013年)の解説です。「褒めない」という考え方自体は、それ以前からアドラー派の子育て論にありました。

この本の対話では、「ほめてはいけないし、叱ってもいけない」という趣旨の話が出てきます。理由として挙げられるのは、褒めることが「能力のある人が、能力のない人に下す評価」になり、上下の関係(縦の関係)を作ってしまう、という点です。代わりに勧められるのが、対等な関係(横の関係)での「勇気づけ」です。

ここで大事なのは、これはアドラーの考えを岸見さんが整理した解釈で、アドラー本人の文章をそのまま訳したものではないという点です。この連載の前の回でも、「トラウマは存在しない」や「課題の分離」が、アドラーの代表作にそのままの形では出てこないことを確かめました。

解釈が悪い、という話ではありません。ただ、解釈と原文を混ぜると「アドラーが褒めるなと言った」という、本人が書いていない話になります。だから今回も、原文を数えるところから始めます。

原文で数えた:「褒める」は5回、「勇気づける」は19回

結論は、アドラーの代表作は「褒める本」でも「褒めない本」でもなく、「勇気をくじかない本」だということです。

Internet Archiveにある1933年ロンドン版の全文から、関係する言葉を数えました。

英語 意味 回数
praise / praised 褒める 5回
encourage / encouraged / encouragement など 勇気づける・励ます 19回
discourage / discouraged / discouragement など 勇気をくじく・くじかれた 20回以上
punish / punishment など 罰する 約35回

数え方の注意も書いておきます。古い本を文字に起こしたデータなので、行の終わりで単語が2つに切れている所があります。「勇気をくじく」系は、切れた分を足すと20回を超えます。おおよその比較として見てください。

本の巻末の索引も見ました。「Praise(褒めること)」という項目はありません。一方で「Punishment, ineffectiveness of(罰が効かないこと)」という項目はあります。アドラーにとって、褒めることは独立して論じるほどの主題ではなく、罰の方がはっきり「効かないもの」として扱われていた、と読めます。

実際、17ページにはこうあります。甘やかされた子は、社会から冷たくされると「やっぱりみんなが自分の敵だ」と受け取る。「これが、罰がいつも効かない理由である」。甘やかされた子についての文脈ですが、索引ではこのページが、犯罪者への罰(218〜220ページ)と並んで「罰が効かないこと」の項目にまとめられています。

アドラーが警戒したのは「褒め言葉がないと動けない子」

原文で「褒める」が出てくる5回のうち、3回は警告です。残りは、患者の父親が息子を「褒めて慰めた」という事例の描写(32ページ)と、後で紹介する肯定的な1回です。ただ、その中身をよく読むと、警告の対象は褒める大人ではなく、褒め言葉に頼りきってしまう子どもの状態です。

学校について書いた章(174〜175ページ)には、こんな一節があります。

褒められ、認められたときにしか勉強しない子がいる。甘やかされた子の多くは、先生の注目を得られる間はとてもよくできる。その特別な立場を失うと、問題が始まる。見ている人がいないと、先へ進めない。

(原文を筆者が訳したもの。以下も同じ)

176ページでは、「怠けている子」が少しでも勉強すると褒められる、という話が出てきます。誰もが「変わり始めた」と期待して、もっと励まそうとする。同じ量の勉強を、いつも真面目な子がしても、誰も気づかないのに、とアドラーは書いています。

188ページでは、思春期の子が「認められたい」という強い欲求にとらわれる危うさを書いています。褒め言葉だけを探している状態は、それだけで危ない、という文脈です。

3つに共通するのは、「人の目がないと頑張れない」状態を作ってしまうことへの警戒です。褒め言葉は、その状態を強める道具になりうる。そこまでが、原文から言えることです。

それでもアドラーは「褒める」を禁止していない

ここが一番意外なところです。5回の「praise」のうち1回は、アドラー自身が肯定的な意味で使っています。

262ページ、「人生の3つの課題」をまとめる箇所です。

私たちが人に求めるすべてであり、人に与えられる最高の褒め言葉は、その人がよい仕事仲間であり、すべての人の友であり、愛と結婚における本当のパートナーであることだ。

「褒める」という言葉自体を嫌っていたなら、こういう書き方はしないはずです。アドラーにとって大事だったのは、褒めるか褒めないかではなく、何を価値あるものとして認めるかだった、と私は読んでいます。この一節で認めているのは、成績や才能ではなく「人と協力できること」です。

原文がくり返すのは「勇気がくじけた所を、勇気づける」

では、アドラーは代わりに何をしろと書いているのか。答えは「勇気づける(encourage)」です。

劣等感について書いた章(49ページ)では、「劣等コンプレックスがありますね」と本人に告げても役に立たない、と書いたうえで、こう続けます。

その人の生き方に表れている、特定の「くじけ」を見つけなければならない。勇気が足りなくなっている、まさにその点で勇気づけなければならない。

185ページでは、将来を怖がっている子について、こう書いています。

命令され、説教され、批判されるほど、その子は「自分は崖っぷちに立っている」と感じる。押せば押すほど、後ずさりする。勇気づけることができなければ、助けようとする努力はすべて間違いになり、その子をさらに傷つける。

犯罪について書いた章(206ページ)にも、協力の苦手な子が学校で「勇気づけられ、協力を教わる代わりに、責められ、叱られる」と書かれています。

まとめると、原文の対立軸は「褒める/褒めない」ではありません。「勇気をくじく(叱る・罰する・説教する)/勇気づける」です。

研究データ:「褒め方」の有名な実験は、再現で揺れている

アドラーの後の時代に、褒め方は心理学の実験で何度も調べられています。結論から言うと、「どう褒めるか」で差が出るという研究はあります。ただ、一番有名な実験は、追試で同じ結果が出ていません。

1. 「頭がいいね」と「頑張ったね」(1998年)

心理学者のミューラーとドゥエックは、小学5年生を対象にした6つの研究で、問題を解いた子を「頭がいいね」と能力で褒めるか、「頑張ったね」と努力で褒めるかを比べました。能力で褒められた子は、その後に難しい問題で失敗すると、粘り強さも楽しさも成績も下がった、と報告しています。

「能力ではなく過程を褒めよう」という話の出どころの一つが、この研究です。

2. 追試では、同じ結果が出なかった(2019年)

ところが、リーとベイツが子ども計624人を対象に3つの研究を行い、そのうち1つで1998年の実験をほぼそのまま再現したところ、能力で褒めても成績は下がりませんでした。子どもの「能力は伸びる」という考え方と、成績・知能の間にも関係は見つからなかったと報告しています。

これにはドゥエック側からの反論もあり、決着はついていません。ただ、「能力を褒めると子どもがダメになる」と言い切れるほど固い結果ではない、とは言えます。

「能力は伸びる」と教える授業の効果をまとめた分析(シスクら、2018年、43研究・約5万7千人)でも、成績への効果は全体としてとても小さい(効果量d=0.08)という結果でした。

3. 大げさな褒め言葉は、自信のない子に逆効果(2014年)

一方、比較的はっきりしているのが「大げさな褒め方」の研究です。ブルメルマンらは、家庭で親子114組を撮影し、親の褒め言葉の約25%が「すごく上手!」「完璧!」のように大げさだったと報告しました。しかも、大げさな褒め言葉は、自己評価の低い子ほど多く向けられていたのです。

別の実験(子ども240人)では、大げさに褒められた自己評価の低い子は、次に簡単な課題を選びやすくなりました。自己評価の高い子は逆に、難しい課題を選びやすくなりました。「次も完璧でいなきゃ」という重さが、自信のない子を挑戦から遠ざけた、と著者たちは考えています。

4. 褒めた「量」ではなく「中身」(2013年)

ガンダーソンらは、1〜3歳の子と親53組を家庭で観察し、5年後の子どもの考え方を調べました。褒め言葉のうち「やり方や頑張り」を褒めた割合が高いほど、子どもは難しいことに前向きで、「能力は伸びる」と考えていた、という結果です。

データとアドラーを重ねると「褒めない」ではなく「大げさにしない」

4つの研究と原文を重ねると、見えてくるのはこうです。

  • 褒めること自体を、原文もデータも禁止していない
  • 大げさな褒め言葉は、自信のない子ほど重荷になりうる(データが比較的はっきりしている)
  • 「頭がいい」と「頑張った」の差は、思われているほど固くない(追試で揺れている)
  • 原文が警戒したのは、褒め言葉がないと動けなくなる状態

なので、無理に「褒めない」を貫く必要はないと私は考えます。やるなら、次の2つで十分です。

  1. 大げさな言葉を足さない:「天才!」ではなく「最後まで解いたね」。見たことをそのまま言う
  2. 見ている人がいない時の頑張りにも気づく:アドラーが176ページで書いた「真面目な子は誰にも気づかれない」を逆にする

これは子どもだけの話ではありません。職場で部下や後輩に声をかける時も、そのまま当てはまります。

私の考え:「褒めない子育て」は、真面目な親ほど苦しくする

「アドラー 子育て 無理」という検索が出てくるのは、たぶん偶然ではありません。

「褒めてはいけない」は、守ろうとすると毎日ずっと自分を見張ることになります。うっかり「すごいね」と言った瞬間に、「また縦の関係を作ってしまった」と反省する。真面目な人ほど、これはしんどいはずです。

でも原文のアドラーは、そこまで求めていません。罰は効かないと書き、褒め言葉に頼りきる子は心配し、それでも自分では「最高の褒め言葉」という言い方を使っている。禁止のルールではなく、相手の勇気がくじけていないかを見る、という視点です。

うっかり褒めた日があってもいい。そのあと「でも本当は、あの時最後まで粘ったのがよかったな」と思い出せれば、それで十分アドラー的だと思います。

まとめ

  • アドラーの代表作(1933年版)に「褒めてはいけない」という一文はありません。「praise」は5回だけで、1回はアドラー自身の肯定的な使い方です。
  • 原文が警戒しているのは「褒め言葉がないと動けない状態」です。罰については「いつも効かない」と書いています。
  • 原文がくり返すのは「勇気がくじけた所を勇気づける」ことです。対立軸は「褒める/褒めない」ではなく「くじく/勇気づける」です。
  • 研究では、大げさな褒め言葉は自信のない子に逆効果になりやすい一方、「能力より努力を褒めよ」の有名な実験は追試で揺れています。
  • 無理に褒めないより、「大げさにしない」「見ていない所の頑張りにも気づく」の2つで十分です。

この連載では、アドラー・フロイト・ニーチェの言葉を、原文とデータで一つずつ確かめています。前回はフロイトとアドラーの違いを、お互いの原文で比べました。

ではまた。

参考にした資料

  • Alfred Adler, What Life Should Mean to You, George Allen & Unwin, London, 1933(Internet Archive所蔵の全文)。17・32・49・174〜176・185・188・206・262ページ
  • 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』ダイヤモンド社、2013年
  • Mueller, C. M., & Dweck, C. S. (1998). Praise for intelligence can undermine children's motivation and performance. Journal of Personality and Social Psychology, 75(1), 33–52.
  • Li, Y., & Bates, T. C. (2019). You can't change your basic ability, but you work at things, and that's how we get hard things done. Journal of Experimental Psychology: General, 148(9), 1640–1655.
  • Sisk, V. F., et al. (2018). To what extent and under which circumstances are growth mind-sets important to academic achievement? Psychological Science, 29(4), 549–571.
  • Brummelman, E., et al. (2014). "That's not just beautiful—that's incredibly beautiful!": The adverse impact of inflated praise on children with low self-esteem. Psychological Science, 25(3), 728–735.
  • Gunderson, E. A., et al. (2013). Parent praise to 1- to 3-year-olds predicts children's motivational frameworks 5 years later. Child Development, 84(5), 1526–1541.

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