2026年10月20日の早朝4時41分、種子島からH3ロケット10号機が打ち上がりました。積んでいたのは、火星の衛星フォボスの砂を持ち帰る探査機「MMX」です。Xでも「打ち上げ成功」「#H3F10」「フォボス」が同時にトレンドに並びました。
ニュースでは「世界初」「2031年に帰還」という言葉が目立ちます。ただ、金額と量の話はあまり出てきません。そこで、国の予算資料とJAXA・ESAの公開情報から、この砂が1グラムいくらになるのかを計算しました。宇宙に詳しくない人でも読めるように、専門用語は一言で説明します。
先に結論
- MMXの総開発費は553億円(文部科学省の予算資料)。持ち帰る目標は10グラム以上です。
- 10グラムちょうどなら、1グラムあたり約55億円。日本の人口で割ると、1人あたり約450円です。
- 量は、はやぶさ2がリュウグウから持ち帰った5.4グラムの約2倍が目標です。
- 帰ってくるのは2031年。同じ年に、中国の「天問3号」も火星の砂を持ち帰る計画です。
金額は「総開発費÷目標量」の目安です。実際に取れる量が増えれば、1グラムあたりの金額は下がります。
MMXは「火星の月」の砂を取りに行く探査機
MMXは「Martian Moons eXploration(火星の衛星の探査)」の略です。JAXAが中心になり、NASA、フランス(CNES)、ドイツ(DLR)、ESAが協力しています。
火星には、月のような衛星が2つあります。大きいほうがフォボス、小さいほうがダイモスです。MMXはフォボスに着陸して砂を集め、地球へ持ち帰ります。火星の衛星から砂を持ち帰った国は、まだありません。成功すれば世界初です。
打ち上げ後の流れは次のとおりです(JAXA・ESAの公表資料より)。
| 時期 | 予定 |
|---|---|
| 2026年10月20日 | H3ロケット10号機で打ち上げ(成功) |
| 2027年8月 | 火星を回る軌道に入る(約1年の旅) |
| 2027年9月〜 | フォボスの近くを回りながら観測 |
| 2029年初め | 小型の探査車「IDEFIX」をフォボスに降ろす |
| 2030年 | 本体がフォボスに着陸し、砂を集める |
| 2030年11月 | 火星のまわりを出発 |
| 2031年7月 | 地球に帰還。カプセルをオーストラリアに落として回収 |
行って帰ってくるまで、約5年かかります。今年小学1年生の子が、6年生になるころに砂が届く計算です。
553億円で10グラムなら、1グラム約55億円
文部科学省の宇宙科学の予算資料には、MMXの総開発費が553億円と書かれています。事業の期間は2019年度から2031年度までです。
持ち帰る量の目標は「10グラム以上」です。この2つの数字で割り算をすると、次のようになります。
- 553億円 ÷ 10グラム = 1グラムあたり約55億円
- 553億円 ÷ 日本の人口(約1億2,000万人台) = 1人あたり約450円
1グラムは、1円玉1枚と同じ重さです。1円玉1枚分の砂に55億円と聞くと、高く感じるかもしれません。
ただ、1人あたりで見ると約450円です。事業期間の13年で平均すると、1年あたり1人30円台です。缶ジュース1本より安い金額で、13年がかりの火星往復に参加していることになります。
また、10グラムはあくまで最低ラインです。20グラム取れれば、1グラムあたりの金額は半分の約28億円になります。
はやぶさ2の5.4グラムと比べると約2倍
日本は、宇宙から砂を持ち帰ることに慣れている国です。2020年12月、はやぶさ2は小惑星リュウグウの砂を持ち帰りました。カプセルを開けると、5.4グラム入っていました。目標の0.1グラムの50倍以上です。
MMXの目標は10グラム以上なので、はやぶさ2の実績の約2倍にあたります。目標どうしで比べると、はやぶさ2の0.1グラムの100倍です。
量を増やせる理由は、取り方の違いです。はやぶさ2は、小惑星に一瞬だけタッチして砂を取りました。MMXは、フォボスの地面に着陸してから砂を取ります。このため、一度にたくさん集められると考えられています。
もう一つの違いは場所です。フォボスは重力が弱く、すぐそばの火星の重力の影響を強く受けます。このためMMXはフォボスの周りを普通には回れず、「擬周回軌道」という特殊な軌道を使います。
フォボスは「いずれ火星に落ちる月」
フォボスは、私たちが知っている月とはかなり違います。NASAなどの公開データで並べると、次のとおりです。
- 形はジャガイモのようにでこぼこで、大きさは約27×22×18キロ。月(直径約3,500キロ)と比べると、100分の1以下の小ささです。
- 火星の地面から約6,000キロの高さを回っています。地球と月の距離(約38万キロ)と比べると、すぐ近くです。
- 火星を1周するのにかかる時間は、7時間39分。火星の1日(約24時間40分)より短く、1日に約3周します。
- 100年で約1.8メートルずつ火星に近づいています。いずれは火星に落ちるか、バラバラになって輪になる見込みです。時期は、3,000万〜5,000万年後と推定されています。
重力もとても弱い天体です。ESAによると、探査車IDEFIXは地球では25キロありますが、フォボスの上ではわずか15グラム分の重さしかありません。地球の1,000分の1以下の重力です。
重力が弱いと、着陸は簡単そうに思えます。しかし実際は逆で、少しの勢いで跳ね返ってしまいます。先に小さな探査車を降ろす目的の一つは、地面の固さや状態を本番前に確かめることです。
なぜわざわざフォボスの砂なのか
フォボスがどうやってできたのかは、まだ分かっていません。考え方は大きく2つあります。
- 捕まえた説:近くを通った小惑星を、火星の重力が捕まえた。
- ぶつかった説:大昔に何かが火星にぶつかり、飛び散った破片が集まって月になった。
砂を地球の研究所で調べれば、どちらが正しいかを判断する手がかりになります。もし「ぶつかった説」が正しければ、フォボスの砂には、昔の火星の地面のかけらが混ざっている可能性があります。
JAXAは、MMXの目的を「火星衛星の起源を明らかにし、地球型惑星における生命が誕生・居住可能な環境の起源を探る」と説明しています。火星の昔の姿を知る手がかりを、火星そのものに着陸せずに手に入れられるかもしれません。ここが、フォボスの砂に注目が集まる理由です。
2031年、中国の「天問3号」と同じ年に帰ってくる
実は、2031年に火星圏の砂を持ち帰ろうとしている国は日本だけではありません。Forbes JAPAN(2026年10月19日)が中国の計画を伝えています。中国国家航天局(CNSA)は「天問3号」を2028年に打ち上げ、2031年に地球へ戻す予定です。
2つの計画の違いをまとめると、次のとおりです。
| MMX(日本) | 天問3号(中国) | |
|---|---|---|
| 打ち上げ | 2026年10月 | 2028年(予定) |
| 取る場所 | 火星の衛星フォボス | 火星の地面 |
| 帰還 | 2031年(7月予定) | 2031年(予定) |
中国は2年遅れて出発し、同じ年に帰ってくる計画です。MMXは、火星のまわりに約3年とどまって観測と着陸をするため、帰りが2031年になります。
取る場所が違うので、どちらが上という競争ではありません。ただ、予定どおりなら「火星圏の砂を最初に持ち帰った国」を争う形になります。2031年は、宇宙のニュースが多い年になりそうです。
2年待たされた理由は「火星の窓」
MMXは、もともと2024年に打ち上げる予定でした。2年遅れたのは、2023年3月にH3試験機1号機が失敗し、ロケットの確認に時間が必要になったためです。2023年12月に、政府の委員会が2026年度への延期を決めました。
ここで「半年や1年の遅れ」ではなく「2年」になった理由があります。地球から火星へ効率よく行ける時期は、約2年2か月に1回しか来ません。地球と火星の位置関係が、そのくらいの周期でしか良い形にならないからです。この時期を、よく「打ち上げの窓」と呼びます。
2024年の窓を逃すと、次の窓は2026年です。ロケットが少し遅れただけでも、火星探査では2年単位で予定がずれます。
H3ロケット自体も、順調だったわけではありません。2023年3月の試験機1号機は失敗しました。2025年12月にも失敗しました。日本経済新聞によると、2026年6月の再開後は成功が続いています。今回の10号機は、H3が初めて惑星へ向かう探査機を運んだ打ち上げです。日本経済新聞によると、打ち上げ約1時間11分後にMMXを切り離し、予定の軌道に乗せました。
まとめ:1人450円で、2031年に届く10グラム
MMXの数字を並べ直すと、次のとおりです。
- 総開発費553億円、目標は10グラム以上。1グラムあたり約55億円、国民1人あたり約450円。
- はやぶさ2の5.4グラムの約2倍を、フォボスに着陸して集める。
- 帰還は2031年7月の予定。同じ年に中国の天問3号も火星の砂を持ち帰る計画。
打ち上げは、5年がかりの計画の最初の一歩です。次の大きな山場は、2027年8月の火星到着です。そこで軌道に入れなければ、フォボスにはたどり着けません。
私は、こうした「ニュースの数字」を公開データで計算し直すことを続けています。MMXも、火星到着とフォボス着陸のタイミングで、続きを追う予定です。
出典
- 文部科学省 令和7年度 宇宙科学関係予算資料(MMX総開発費553億円、事業期間 令和元年度〜令和13年度)
- JAXA 宇宙科学研究所「火星衛星探査計画 MMX」 https://www.isas.jaxa.jp/missions/spacecraft/developing/mmx.html
- ESA "Mars moon lander set to launch on 19 October" https://www.esa.int/Science_Exploration/Space_Science/Mars_moon_lander_set_to_launch_on_19_October
- 日本経済新聞「H3ロケット打ち上げ成功 火星衛星の探査機搭載、サンプル採取めざす」(2026年10月20日)
- マイナビニュース「H3ロケット10号機打上げ成功、火星衛星探査機『MMX』は約5年の旅路へ」(2026年10月20日)
- Forbes JAPAN「日本『MMX』と中国『天問3号』の火星サンプル採取計画、ともに2031年に地球へ帰還する可能性」(2026年10月19日)
- NASA Science「Phobos」(大きさ・高度・接近速度) https://science.nasa.gov/mars/moons/phobos/
- JAXA はやぶさ2プロジェクト(リュウグウ試料 約5.4グラム)
関連記事
『80億分の1』の赤ちゃん方式で日本に生まれる確率は0.57%、176人に1人。今生まれる赤ちゃんの3人に1人はアフリカ【国連統計で検算】
Xで「#80億分の1」というハッシュタグが流れてきた。世界の誰かとして生まれ、死ぬまでを体験する無料のブラウザゲームだ。…
共働きの家事分担、夫の時間は15年で2倍。なのに妻との差は1分も縮んでいなかった【国の統計】
「最近は、夫もけっこう家事をやってくれるようになった」 そう感じている共働き家庭は多いと思います。 国の統計を見ても、そ…
何者にもならない勇気─コジコジ哲学が現代人を救う理由【きなこらむ】
ちょっとした時間のちょっと小話。 意味があるのかないのか知識沼KINAKOが最近のことをコーヒーでも飲みながら。 本日の…